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プロフィール
すぎはら
1968年福岡生まれ。男性。
2000年に開園。「ちびはる保育園 原田」「ちびはる保育園 基山」「ちびザウルスのひみつきち」3園の園長。また「病児保育のスタンドバイ」代表。
大学生の息子二人と特別支援学校中等部2年生の娘の父。
「え~!とても大学生のお子さんがいるようには見えませんよ」と言われるのが好き(笑)



歳を取るのは、なんだか辛いというか、悲しい気持ちになりますよね。
これまで出来ていたことが出来なくなったりするので。自分の可能性が刻々と減っていくような。。。

でも歳を重ねて経験値を積まないと出来ないことっていうのもあるし、何かとの出会いで新しい扉が開く感覚も大切にしたいです。


最近思うのは「隣の芝生は永遠に青い」です。
その事実を受け止めたうえで、「自分にとって一番大切なもの・価値観」をしっかり意識してみることが大切なような気がします。

いろいろ毎日ありますが、「愚痴は不幸を呼ぶ呪文」だそうですので、なるべくいろんなことに感謝しながら、生きていけたらと思っています。



あんまり旅行は得意ではないけれど、いつかオーロラ見に行ってみたいと、最近は思うようになりました。
自分のちっぽけさを感じて、そのうえで感じることって大切ですよね、きっと。





2016年07月13日

「俺の遺伝子さん」


 時々「他の人はどうなんだろう」と思うことってありませんか。
 夫婦の関係とかあるいは貯金とか。
 それなりに仲良く話してるお友達であっても「この話題は聞けないな」というものもありますよね。

 で、私が時々思うのが「他の人は、生きるってどういう意味だと思っているんだろう」です(笑)
 時々、ふっとそんなことを思います。

 10代後半だったか「利己的遺伝子」説を知りました。「生き物は遺伝子に乗っ取られているだけ」みたいなやつですね。肉体は遺伝子の乗り物に過ぎず、例えば母親が命を犠牲にしても自分の子どもの命を守ろうとする行為、一般に愛と呼ばれる行為でさえ「より若い命を残し、次の遺伝子を存続させよう」とする遺伝子の意思でしかない、というような説です。我々は遺伝子に乗っ取られていて、遺伝子の操り人形的な存在でしかないのだ、みたいな。

 その説を知って30年くらいが経ち、今もこの説に真っ向から反論できるものは、私にはありません。

 「いったいこの人生、なんなん?」という気になってしまう時があります。老いて死に至るまでの時間経過の中で、どうしてこんなに大変なことが多いんだろう。。。

 

 で、こんな考えになってしまった時、次に思うようにしているのは「感謝」です、月並みですが。
 
 難しく「説」を考えたところで、マンションの支払いである35年のフルローンはまだまだ20年近く残ってるし、毎日すべきことはたくさんあります。
 ヘルニア手術したけれどどうしても痺れは残ってるし、仕事上、迷惑をかけてしまったりして自分の至らなさを突き付けられることも、よくあります。

 そんな毎日ですが、でも、例えみんなが遺伝子ロボットのようなものでしかない存在だったとしても、自分の至らなさを痛感する日々の連続であったとしても、そこで優しくしたりされたり、はありますよね。
 そして、日常レベルに感謝すべきことはたくさんあります。今日普通に健康に起きることができたこと、出勤できること、子どもにおはようって言ってもらえたこと、何かしらの目標や時にはニヤニヤしてしまえる妄想があること。

 そう考えていけば、私を乗っ取っている「俺の遺伝子さん」にも感謝です。
 いろいろな出会いがあって、こんな環境に自分を持って来てくれたことに。
 俺の遺伝子さんにも寿命があって、その時に私はそいつとともに息絶えるわけですが、その時まで、どうせなら感謝すべきことをいっぱい見つけ、できるだけその感謝も口にして、自分にとって大切なものを大切にしながらこの一日を過ごしたいですね。





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Posted by すぎはら at 10:59 │園長のど~でもいい話