2013年02月13日
チャーリーとチョコーレート工場
帰宅して、お風呂に入り夕飯。
さて、テレビをつけて。。。
なんだかニュースを観るのもストレス感じませんか。昨日は北朝鮮の核実験のお話で、なんだか考えただけで疲れそうだったので、HDDに入れている番組から「映画 チャーリーとチョコレート工場」を観ました。
チャーリーとチョコレート工場。
最初観たときは最後まで観ることできませんでした。あまりにも奇妙な世界というか。予想していたほのぼのファンタジーと違っていたというのも大きかったと思います。ウンパルンパも強烈すぎ(-_-;)
でも今や私の好きな映画ベスト10に入るかもしれません。ってくらい観ています。
多分あの映画が私をとらえるのは
「チャーリーの優しさ、家族への愛。家族からの優しさ、愛」
「リストラされたご主人を支え続ける奥さんの愛」
「ジョニーデップ(ミスターウオンカ)の、生意気なこどもたちへの痛快な感じ」
ですかね。チャーリー以外のこどもたち。演技とは思えないくらい憎たらしいこどもを演じてますよね。
お金持ちのわがまま女の子にウンパルンパが「甘やかして育てたパパのせいだ」って歌うところは、わが意を得たりって感じです。こどもの機嫌をとることに一生懸命なだけの育児をすれば、それ即ち、わがままになります。当たり前ですよね。その子のせいというより親のせいです。
考えてみれば、あの映画には育児失敗例のケーススタディ的要素もありますね。
トラウマになっていた父との確執が、チャーリーのおかげで最後に和解にいたるジョニーデップ(というかミスターウオンカ)。
こどもに期待をかけすぎたり、自分の夢をこどもに押し付けた父親の、深い反省も感じられるいいシーンです。
「親になっても自分の夢を持ち続けることは、わが子の人生の『自由と自立』のプラスになる」
私の持論です。
親が自分の夢をこどもに託しすぎると、やはりこどもは苦しくなることが多いのではないでしょうか。こどもの将来の職業を第一の夢にするのではなく、やはり自分自身の夢を持っておきたいものです。
そんな様々な示唆に満ちた「チャーリーとチョコレート工場」。改めて観ると発見も多いかもしれません。
核実験ニュースより、幸せになれますよ。
さて、テレビをつけて。。。
なんだかニュースを観るのもストレス感じませんか。昨日は北朝鮮の核実験のお話で、なんだか考えただけで疲れそうだったので、HDDに入れている番組から「映画 チャーリーとチョコレート工場」を観ました。
チャーリーとチョコレート工場。
最初観たときは最後まで観ることできませんでした。あまりにも奇妙な世界というか。予想していたほのぼのファンタジーと違っていたというのも大きかったと思います。ウンパルンパも強烈すぎ(-_-;)
でも今や私の好きな映画ベスト10に入るかもしれません。ってくらい観ています。
多分あの映画が私をとらえるのは
「チャーリーの優しさ、家族への愛。家族からの優しさ、愛」
「リストラされたご主人を支え続ける奥さんの愛」
「ジョニーデップ(ミスターウオンカ)の、生意気なこどもたちへの痛快な感じ」
ですかね。チャーリー以外のこどもたち。演技とは思えないくらい憎たらしいこどもを演じてますよね。
お金持ちのわがまま女の子にウンパルンパが「甘やかして育てたパパのせいだ」って歌うところは、わが意を得たりって感じです。こどもの機嫌をとることに一生懸命なだけの育児をすれば、それ即ち、わがままになります。当たり前ですよね。その子のせいというより親のせいです。
考えてみれば、あの映画には育児失敗例のケーススタディ的要素もありますね。
トラウマになっていた父との確執が、チャーリーのおかげで最後に和解にいたるジョニーデップ(というかミスターウオンカ)。
こどもに期待をかけすぎたり、自分の夢をこどもに押し付けた父親の、深い反省も感じられるいいシーンです。
「親になっても自分の夢を持ち続けることは、わが子の人生の『自由と自立』のプラスになる」
私の持論です。
親が自分の夢をこどもに託しすぎると、やはりこどもは苦しくなることが多いのではないでしょうか。こどもの将来の職業を第一の夢にするのではなく、やはり自分自身の夢を持っておきたいものです。
そんな様々な示唆に満ちた「チャーリーとチョコレート工場」。改めて観ると発見も多いかもしれません。
核実験ニュースより、幸せになれますよ。
Posted by すぎはら at
18:21
│園長のど~でもいい話