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プロフィール
すぎはら
1968年福岡生まれ。男性。
2000年に開園。「ちびはる保育園 原田」「ちびはる保育園 基山」「ちびザウルスのひみつきち」3園の園長。また「病児保育のスタンドバイ」代表。
大学生の息子二人と特別支援学校中等部2年生の娘の父。
「え~!とても大学生のお子さんがいるようには見えませんよ」と言われるのが好き(笑)



歳を取るのは、なんだか辛いというか、悲しい気持ちになりますよね。
これまで出来ていたことが出来なくなったりするので。自分の可能性が刻々と減っていくような。。。

でも歳を重ねて経験値を積まないと出来ないことっていうのもあるし、何かとの出会いで新しい扉が開く感覚も大切にしたいです。


最近思うのは「隣の芝生は永遠に青い」です。
その事実を受け止めたうえで、「自分にとって一番大切なもの・価値観」をしっかり意識してみることが大切なような気がします。

いろいろ毎日ありますが、「愚痴は不幸を呼ぶ呪文」だそうですので、なるべくいろんなことに感謝しながら、生きていけたらと思っています。



あんまり旅行は得意ではないけれど、いつかオーロラ見に行ってみたいと、最近は思うようになりました。
自分のちっぽけさを感じて、そのうえで感じることって大切ですよね、きっと。





2017年10月15日

ご無沙汰してしまいました

 
 一か月以上、更新してなかったですね。

 にも関わらず、毎日このブログをのぞきに来てくださる方々がたくさんいて、嬉しいやら申し訳ないやら、です。


 この間、園ではなんといっても運動会がありました。

 そして、合同練習での進捗情報などお伝えしようと思えばいくらでもあったんですが、心のどこかで

 「本番を楽しみにしといてほしい」

 という心理も働き、、、

 なんて言い訳なんですが(^^;


 

 ということで、今日からまた発信していきます!

 よろしくお願いいたします☆  


Posted by すぎはら at 14:06園長のど~でもいい話

2017年08月27日

やり抜く力




ツタヤとか行くと、まだ目立つところに置いてあるこの本、何度か読んでます。


軽く説明すると、本の前半は





人は持って生まれた向き不向きや才能があり、才能がない人は才能がある人間を越えられない


…と、思っていたが、才能が数値的に明らかにある人を、数値的に明らかに劣っている人が追い越すことがよくある


これは何故か。


それを科学的に分析して、

結果的に「やり抜く力」というものを持っている人が、持って生まれた才能がある人を追い抜いていく。



というような内容です。

面白いのは、この「やり抜く力」がどれくらいなのか、読者もアンケートを答えていくと数値化されて、自分の「やり抜く力」が平均より上なのか下なのか、とかわかるとこですね。



で、まぁそこまで読んで多くの人はこう思います。


「っていうか、じゃあその『やり抜く力』なるものが、持って生まれた才能みたいなもんやん」 と。。



私って受験勉強もてきとーにしかしなかったし、ダイエットとかも続かないし、日記とかその他いろいろ続かないも~ん

子どものころからずっとそうだし、きっとこの「やり抜けない力」こそ私の持って生まれたものだも~ん



…といった感じで。




で、ここからこの本の後半。

「やり抜く力を後天的に伸ばす」に入っていきます。


で、「どうやれば子どもの『やり抜く力を伸ばせるか』」という、親目線の章もあり。

伸ばす声掛けと伸ばさない声掛けとの比較表とかもあります。

例えば「ほめ方」であっても

「まあ、挑戦しただけ偉いよ」ではなく「今回はうまくいかなかったね。一緒に今回の方法を見直して、どうやったらうまくいくか考えてみよう」

が、「やり抜く力」を伸ばすし、

「これは難しいね。出来なくても仕方ないよ」ではなく「これは難しいね。すぐに出来なくても気にしなくていいよ」

が、「やり抜く力」を伸ばす、といった内容です。




ま、軽く読むくらいがちょうどいいのかな。

少なくとも一面的に 「子どもはほめて育てて、親は決して感情的になってはいけません」的な薄っぺらい綺麗ごとではないです。

何より科学的にアプローチしていくので、説得力はあるかな。



いづれにしても、学歴とか身体的な何かより、結局はこの「やり抜く力」こそ、この厳しく辛い道のりを進んでいく最強アイテムである、


と私は思います。



思うだけで、ないけどね(^^;  


Posted by すぎはら at 12:31園長のど~でもいい話

2017年08月11日

自営業の老後


今日も事務作業がいっぱい(-_-;)

なんか眠いし、気分転換に「園長のど~でもいい話」でもしよっかな。








 最近の「買ってよかったな」がこれ。









  リアルで笑えない部分もあります(^^;




 まぁでも不安を共有というか共感できると、何も解決しないけど、でも気持ちはちょっと救われますよね。

 「あ~、、、俺一人じゃないんやな」と。。。





 自営業の方、おススメです。
















  


Posted by すぎはら at 13:38園長のど~でもいい話

2017年04月16日

小心者が大物ぶった結果がこれ

 先日、とてもお世話になっている方よりご連絡あり、

「今度わが社のイメージ広告に出てもらってもいいですか」

とのお話をいただきました。とても光栄なことです。

それなりに大きい会社で、知らない人はいないかなっていう会社と商品。

特にテレビCMは一世を風靡というか、通常あり得ない発言をその役者さんがすることによって強烈なインパクトがあり、
お笑い番組の罰ゲームとかにも使われてましたね。

といえばあの緑色の商品を思い浮かべる方も多いでしょう。
 
とても大切な方からのご依頼ですし、広告といっても100人くらいの一般の方が写真に写りそれが掲載されるというものです。

そのくらいはご協力しないと、お世話になった身として罰が当たります。
とっても光栄なお話ですもんね。


撮影が卒園式の翌々日でしたし、事前打ち合わせのメールのやり取りの段階から(なんせ卒園式直前でしたので)、
なんか意識がどうしても卒園一色で、その撮影にあまり行かないままだったのですが(申し訳ございませんでした)、

とにかく六本松にあるスタジオに着きました。

「あくまでもいつもの恰好で」とのことでしたので、いつものなんも考えてないカジュアル服で。

ま、カメラマンさんがいてスクリーンっていうのかな、その前に立って数枚写真をとって終わりだろう、と。



指定のお時間に行くと駐車場で

私の名前を確認され  「お待ちしておりました」  と、なにやらホテル的なお出迎えあり。


…ここから私の歯車がすべて狂いだします。




 通されたガレージ風のスタジオには30名以上の関係者の方々がいらっしゃり、皆様が私に笑顔で元気にご挨拶。

 業界人っぽい風貌や着こなしの方々。
 

 …なんかこの時点で気持ちで完全に負けたんです。

 やばいな、と。   これは未体験ゾーンやんか。  大丈夫か、俺。
 

 で、こういう場合どうすればいいですか?

 ひとつは   「委縮したまま素直な感じで緊張して指示に従う」

 もうひとつは   「いや~なんか楽しそうですな、ガッハッハッハッ!」   と、何事にも動じない 「余裕のある男」 を演じる。。。
 
 残念な男である私は、後者を選択してしまいました…

 

 「とりあえずメイクお願いします」 と言われ、なんか楽屋的なとこに座り、若いお姉さんが私の肌をチェック。

「うわ~なんかテレビで見る楽屋やん、っていうかメイクとか初めて~!」  とテンションと緊張感が上がる中、

「いやいや、ここは余裕な男の感じでガッハッハッといこう」  と思い、緊張感を隠すために意味なく話しかけてみました。


 (私) 「なんか本格的っすねぇ。これ、写真撮ってブログにしてみてもいいっすかね」
 
 (メイクさん) 「ブログですかぁ。ま、これ企業の広告ですので、それが出るまではダメですが。。。」
 
 (私) 「…ですよねぇ…」


 「そのくらい言わないでもわかってらっしゃるとは思いますが」 的な感じが逆に赤面させます。

 これが最初のボディーブロー。


 次がスタイリストさん。
 
 だいたいが私を見た瞬間から上から下までを疑わしそうに見ていたこれまた若い女性。
 ニコリとも笑わずに 「シャツを一枚脱いでくれ」 と言われました。

 当日私は「半袖Tシャツ」そのうえに「長袖Tシャツ」「薄手の首回りがゆったりとしたニット」を着ていたのですが、首のところに二枚もシャツが見えるのがおかしいということで、半袖Tシャツは更衣室的なところで脱ぎました。

 と、そこへ

 「〇〇さま、お着きになりました~」  と歓声が。ん?と思ってみてると、なんと! そのテレビCMの役者さんなんです!この方が私の次に撮影になるとのこと。

 なんかヤバいやん、ますますヤバいやん。
 
 ただならぬ緊張感が、さらにただならぬものになった時、名前が呼ばれ

 「はい、それでは次お願いいたしま~す」 とカメラの前に。

 照明もすごく照らされていて、み~んなが私を見ている状況で、、、


 で、ですよ。

そのスタイリストさんが  「やっぱり、そのTシャツもおかしいから、ニットを素肌に着てもらえません?」 とのこと。

 もちろん断れるわけでもないので

 「いいっすよ」。別にぜ~んぜんいいっすよ、俺、余裕のある男なんで。素肌にニット、かっけ~じゃん。
 そんな雰囲気で言ってみました。 「どこで脱げばいいっすかね」 と。

 そしたらですよ「そこでどうぞ」って。


 は?
 
 はぁ??

 この照明あたってスクリーンの前で、何十人の人がこちらを見ている中で、いったん上半身裸になれってこと? 嘘やろ。それありえんやろ。男だからそのくらい気にするなって? いやいやいや、でもみんながこっちを見てるやん?照明ぴかーって当ってるやん?イケメンの写真集撮影じゃないんだから、一般人なんだからもうすぐ50で肌のハリとかないし筋肉もないし、だけど羞恥心あるタイプだし、せめてそこの着替えくらいもう一度更衣室で、とか…
え~~~!マジで???

 という動揺を、余裕のある男は隠さねばなりません。

 「あ~俺、全然恥ずかしくないし。っていうか『恥ずかしい』って何?」 みたいな感じでおもむろに裸になり、ゆっくりとニットを素肌に着ます。

 その裸になっている時間に感じる若い方々の視線の痛さ…わかります?


 その痛さが二発目のパンチ。



 もうフラフラ状態の私。

 「では、次は右から左に歩いてみてください。歩いてる感じの写真を撮りたいので、視線は、そう、そのへんより少し上を見る感じで」
 
 その視線からずれてはいけない、笑顔も忘れず、、、胸も張れってさっき言われたな。。。とかフル回転で考えながら「よーい、はい!」の合図で歩き出した私。



   何故か、みなさん大爆笑。。。

 

 意味がわからず、
 でも恐ろしく巨大な嫌な予感だけはしていると、親切なカメラマンさんが必死で笑いをこらえながら、その大爆笑の渦に負けないよう大きな声で教えてくれました。




「今、右手と右足が一緒でした」








 教訓

 「自分のキャラや器を偽ると、それ相応のしっぺ返しがちゃんと来る」
  


Posted by すぎはら at 18:09園長のど~でもいい話

2017年01月10日

外れ宝くじゴミ箱へ の巻

 滅多に買わないんですけどね。

 今回の年末ジャンボは買いました。





 「10億当たったら、マジでどうやってお金使えばいいんやろか。ローン払うやろ、車買い替えるやろ、、、大昌園で特上カルビ頼むやろ、、、

 いやぁ、でも余るわ。ハワイに別荘も買わないかん。

 だいたい税金ってどうなるんやろ。

 ま、俺は1億でいいな…10億じゃなくていいって考える俺って、やっぱ慎み深いわぁ」





 …なんてバカな事思いながら、でもでもやっぱりどこかで




「でも誰か当たるんよね。それが俺である可能性はあるわけで。。。

そう、実は俺は10億当たる運命が用意されてるのかもしれない。

神様は知ってるけど、俺がその運命を知らなだけかもしれない。

実はハワイの南風が俺を待っているのかもしれない。

あ~きっとそうだ。あの時の苦労も今の苦労も、そう! きっとこの運命のためのプレリュードやったんや!」






…というわけで、10億当たるジャンボと1億当たるプチジャンボを買いました。

すでにこの2種類買ってる時点で、中途半端感あり。

男ならお前、ジャンボを連番のみで買ってみいや!という内なる声も聞こえないふり。



で、当選番号を見るのも、大晦日その日ではなく、

理由は

「夢を少しでももっとけるやん?」

と、すでに外れ前提、小市民的思考。


にもかかわらず、今日、10日しかたたないうちに気になって見てしまう、これまた中途半端感。


そして極めつけは


外れのくじを




「実はあたりがあるかもしれないから、念のために売り場で確認してもらおう」





と、ゴミ箱から出したところ。。。



なので、タイトルよりもかっこ悪い感じです。

   


Posted by すぎはら at 18:51園長のど~でもいい話

2017年01月04日

今年もよろしくお願いいたします

新年あけまして、おめでとうございます(^^)

みなさまのお正月休みはいかがでしたでしょうか。



なんか今年は「年末!」とか{新年!」というよな実感がいまひとつないまま、元旦になったような気がします。

 加齢のせいなのか、寒さが足りないせいなのか、あんまりテレビを観ないせいなのか、仕事に一生懸命で新年というより年度のラストスパートの意識が強いからか。。。



 年度のラストスパートの意識が強いからってことにしよう(^^)

 だって。。。

 
 今度の発表会は初の   「基山・原田合同で、しかも大ホール」


 いろいろ大変なんですよ~

 プログラムどんなのにする?とか、幕間どうしようかとか、職員は何着る?とか、何時に開場にしようかとか、、、

 照明だって幕だって、これまでは職員がつけたり消したり開けたり閉めたりだったけど、この辺もプロにしていただくことになり(我々ではしてはいけない)、なんというか、とにかくこれまでと全然違います。

 ひみつきちの保護者の方々にも是非見に来てもらいたいなぁ

(1月29日の日曜日、ひみつきちから車で10分かからないと思います。

 基山町役場と隣接している「基山町民会館」の二階大ホールです。)


というようなっことを考えながら、更に来年度のあれこれも考えながら。。。

 の新年です。


今年もこのブログで活動をお伝えしていきますね。

よろしくお願いいたします(^^)

  


Posted by すぎはら at 07:42園長のど~でもいい話

2016年07月13日

「俺の遺伝子さん」


 時々「他の人はどうなんだろう」と思うことってありませんか。
 夫婦の関係とかあるいは貯金とか。
 それなりに仲良く話してるお友達であっても「この話題は聞けないな」というものもありますよね。

 で、私が時々思うのが「他の人は、生きるってどういう意味だと思っているんだろう」です(笑)
 時々、ふっとそんなことを思います。

 10代後半だったか「利己的遺伝子」説を知りました。「生き物は遺伝子に乗っ取られているだけ」みたいなやつですね。肉体は遺伝子の乗り物に過ぎず、例えば母親が命を犠牲にしても自分の子どもの命を守ろうとする行為、一般に愛と呼ばれる行為でさえ「より若い命を残し、次の遺伝子を存続させよう」とする遺伝子の意思でしかない、というような説です。我々は遺伝子に乗っ取られていて、遺伝子の操り人形的な存在でしかないのだ、みたいな。

 その説を知って30年くらいが経ち、今もこの説に真っ向から反論できるものは、私にはありません。

 「いったいこの人生、なんなん?」という気になってしまう時があります。老いて死に至るまでの時間経過の中で、どうしてこんなに大変なことが多いんだろう。。。

 

 で、こんな考えになってしまった時、次に思うようにしているのは「感謝」です、月並みですが。
 
 難しく「説」を考えたところで、マンションの支払いである35年のフルローンはまだまだ20年近く残ってるし、毎日すべきことはたくさんあります。
 ヘルニア手術したけれどどうしても痺れは残ってるし、仕事上、迷惑をかけてしまったりして自分の至らなさを突き付けられることも、よくあります。

 そんな毎日ですが、でも、例えみんなが遺伝子ロボットのようなものでしかない存在だったとしても、自分の至らなさを痛感する日々の連続であったとしても、そこで優しくしたりされたり、はありますよね。
 そして、日常レベルに感謝すべきことはたくさんあります。今日普通に健康に起きることができたこと、出勤できること、子どもにおはようって言ってもらえたこと、何かしらの目標や時にはニヤニヤしてしまえる妄想があること。

 そう考えていけば、私を乗っ取っている「俺の遺伝子さん」にも感謝です。
 いろいろな出会いがあって、こんな環境に自分を持って来てくれたことに。
 俺の遺伝子さんにも寿命があって、その時に私はそいつとともに息絶えるわけですが、その時まで、どうせなら感謝すべきことをいっぱい見つけ、できるだけその感謝も口にして、自分にとって大切なものを大切にしながらこの一日を過ごしたいですね。



  


Posted by すぎはら at 10:59園長のど~でもいい話

2015年11月25日

園長の、超どうでもいい話   俺の名言編



勤労感謝の日に、普段お世話になっている方々に「いつもお仕事お疲れ様です」の気持ちを込めて、カレンダーを子どもたちと作ります。

で、今回は各月に「著名な方々の名言」を入れてみました(^.^)

マザー・テレサとかネルソン・マンデラとか、スティーブ・ジョブズとか。



これはマンデラ氏の「何事も成功するまでは不可能に思えるものである」
スティーブ・ジョブズ氏は「ハングリーであれ。愚か者であれ」



で、いろんな名言見ていくうちに「俺ならどんな名言作るかな」と考えてみました(笑) 「杉原伸介、珠玉の名言」みたいな。 ふふ、バカでしょ~


でも、マジで俺だったらなんて作るかな。俺もここまで生きてきて、いろんな時代があったしな。

ひたすら遊んでた小学生時代。
大人の偽善にすごくイライラしだした思春期以降。
親が望む道には絶対進まず、その上で成功してやろうと思って福岡を出た20代前半。
孤独と自分の自信のなさに、ついに絶望した東京一人暮らし時代。

そっからもいろんなことあったし。

そうやん、他の人が共感するかどうかわからんけど、俺なりに俺の名言ってあるはずやん。



で、生まれた珠玉の名言が


「基本、人生はないものねだりの連続である。それにいつ気が付き、どう意識を変えるかが大事である」







………いや、でもですね、、、マジでそうだと思いません?

人間って常に隣の芝が青くて、何かを手に入れた次の瞬間には、誰かの何かと比べてまたため息ついてるような。

幸せも「比較」からしか感じられなかったり。

中学生のころ、「高校生になればもっと楽しいはず」と信じて勉強し、高校の時は「大学生になれば今度こそ」と思い、大学生になれば「社会人になれば」と思い。。。

子育てだって、自分の子どもに対してクリアできたことを誉めるのもそこそこに、つい「まだまだ〇〇くんみたいにはなれてない」みたいな感じで、出来てないとこばかりに目がいったりとか。


そういえば、15年前に開園したとき、園児さんが集まらず自己破産についてよく考えました。閉園も考えたあの頃「とにかくわが子を食わせていければそれでいい」と思っていた自分をなんとか思い出します。







名言っていうか、自分自身に対しての戒めみたいなもんですね。

不安や不満ばっかりに目を向けて、手に入れていないものを羨ましがって生きていたら、そのまま人生終わるかもよ、っていう。



ないものねだりの連続。
それはそれで前進するために必要な要素だろうけど、「今あるもの」にも目を向けてあげたい。
ここまで頑張ってきた自分のために。


  


Posted by すぎはら at 16:44Comments(0)園長のど~でもいい話

2015年08月18日

マイナス思考万歳!



自分を変えようとして、本とか時々読みます。

ビジネス書とか自己啓発的なものとか。

人間って、生まれや育てられ方で性格ができていて、気づいた時には自分自身のこの性格や思考パターンから逃れられないじゃないですか。
でもなんとかしたいなって感じで、この種の本を手に取ると思うんですね。


で、「マイナス思考」に関してたいてい否定的ですよね。

「プラス思考で考えれば、物事は実現できていく」

「マイナス思考で考えれば、潜在意識に植え付けられて、ますます物事は成し遂げられなくなるので、その思考パターンを変えなければならない。そのためには。。。」

といったタイプのもの。

確かにそうだろうとは思います。本を読んだ時のその新鮮な感覚が続けば、それはいいでしょうね。

でも、現実難しくないですか。




最近私が思うのは、

「そのマイナス思考も自分自身そのものだし、マイナス思考になってしまっている自分に慌てて頭を振ってプラスを思い込ませるようなことをするよりも、そのマイナス思考もそのまま共存を認めてあげるくらいのスタンスの方がいいのではないかな」

って。
そんなふうに思います。

ま、一種のあきらめでしかないのかもしれないけれど。



自分自身の欠点と思ってしまう、自分のみっともない心理や精神力。

そこを変えようとするより、あきらめて共存を覚悟して、つまり「仕方なくも認めてあげる」でいいような気がしてます。

「仕方なくも認めてあげた」上で、よく考えればそんな自分にも、支えてくれたりわかってくれたり、お世話になっている人たちがいるわけで、その人たちへの感謝の気持ちがあれば、それがすべてなんじゃないかなって、最近特にそう思います。
  


Posted by すぎはら at 19:27Comments(0)園長のど~でもいい話

2015年06月02日

なんか、印象的な言葉 ②


 大学生になって、バイトでもらった初給料。

 次男がそれでクッションを買ってくれました♪

 ヘルニア手術以来、床に座るときにはお尻を少し高くしないと座りにくくなっている私に配慮してのプレゼントでした。


 で、あんまり嬉しかったんで、サインと座右の銘を記念に記入してもらいました(笑)


 仕方ないなぁという感じで、そこに次男が書いた座右の銘は、王選手の言葉で


「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるならば、それはまだ努力とは呼べない」


 でした。



 
 努力は必ずしも報われないな、結局みんな「持って生まれたもの」がほとんど幸不幸を左右するやんか。


 そう思っていた私の若かりし頃。


 今、この年になって改めて「時に形を大きく変えられることにはなるが、やはり努力は報われるのではないか」と思っています。



 とりあえず、初給料でプレゼントをもらえて、改めて親としての努力が報われたような気がしました。


 
 これからもきっと、努力が試されるような場面は私も次男もあると思うのですが、一時的敗北や挫折を感じた時に、お互いこの言葉を思いだせたら、と思います。




 

  


Posted by すぎはら at 15:44Comments(0)園長のど~でもいい話